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仙台地方裁判所 昭和27年(行)21号 判決

原告 遠藤良策

被告 宮城県知事

主文

被告が昭和二十五年五月一日宮城県栗原郡栗駒村沼倉宮下前四番田二反三歩について、佐藤光弥に対してした自作農創設特別措置法による買収令書交付処分が無効であることを確定する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求める旨申し立て、その請求の原因として、原告は耕作の目的を以て訴外佐藤弥右衛門から同訴外人所有の主文第一項掲記の農地を買受けその所有権を取得するにつき、昭和二十年十二月十八日当時まだ施行されていた臨時農地等管理令第七条の二の規定に基き被告に対し、その許可を申請した。その後昭和二十年十二月二十八日法律第六十四号第一次改正農地調整法附則第五条第二項(昭和二十一年二月一日から施行)により右申請は同法第五条による認可の申請とみなされ、昭和二十一年四月十六日被告の認可を受け、同月十八日同訴外人から右土地を買い受け、同年五月十四日その登記を経由しその引渡を受けた。然るに宮城県栗原郡栗駒村農地委員会は昭和二十四年四月二十二日自作農創設特別措置法第六条の二の規定に基き右土地につき昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基いて遡及買収計画を樹立し、被告は昭和二十五年五月一日右計画に基き佐藤弥右衛門(昭和二十二年四月七日死亡)の三男訴外佐藤光弥に買収令書を交付し、よつて以て本件土地の買収処分をした。

然しながら、右買収令書はこれを買収計画樹立当時及び買収令書交付当時の右土地の所有者たる原告に交付すべきであるにかかわらず、原告に交付せず、佐藤光弥に交付するは違法であり、右交付による買収処分は当然無効である。そしてかような行政処分の存在は原告の権益を害すること甚だしく、原告は即時その無効確認を求める法律上の利益を有する。よつてここに被告に対し、右処分の無効確認を求めるため本訴に及ぶと陳述し、被告の抗弁に対し、被告主張の許可取消処分のあつたことは認めるけれども、原告は耕作の目的で本件農地を買い受けたから、本来本件許可を要しないこと昭和二十年法律第六十四号第一次改正農地調整法第六条第三号により明らかであり、従つて右取消の有無は原告の右所有権取得に毫も影響するところがない。仮りにそうでないとしても、かような取消処分は、法律上の根拠を欠如し、当然無効であるから、該取消処分により本件許可の効力に寸毫も影響を及ぼさないと答え、その余の事実を否認した。(立証省略)

被告訴訟代理人は、原告の請求棄却の判決を求め、答弁として、原告主張の許可申請法律の改正施行、許可、売買による所有権の移転、同登記、引渡、死亡、買収計画及び買収令書の交付処分があつたことはいずれもこれを認めるけれども、被告は昭和二十五年五月一日訴外佐藤光弥の他原告に対しても本件買収令書の交付処分をした。

仮りにそうでないとしても、被告は昭和二十四年七月二十六日右許可を取消したから、本件売買が当然無効に帰し、本件土地の所有権が訴外佐藤弥右衛門の相続人に復帰した。従つて、原告は本件買収令書交付処分の無効を主張する適格を有しないと陳述した。(立証省略)

理由

原告が昭和二十年十二月十八日当時施行されていた臨時農地等管理令第七条の二の規定に基き、被告に対し、訴外佐藤弥右衛門所有の主文第一項掲記の農地につき売買による所有権取得の許可を申請したことは当事者間に争がなく、右申請が耕作の目的を以て農地所有権を取得するにあつたことは、成立に争がない甲第五、六号証を綜合することによつてこれを認めるに足り、右認定を左右することができる証左は一も存在しない。そして、その後昭和二十年十二月二十八日同年法律第六十四号第一次改正農地調整法附則第五条第二項(同二十一年二月一日より施行)により右申請が同法第五条による認可の申請とみなされるに至つたことは当裁判所に顕著な事実であり、昭和二十一年四月十六日被告が右申請を認可し、原告が右認可に基き同月十八日同訴外人から右土地を買い受けその所有権を取得し、同年五月十四日その登記を経由するとともにその引渡を受けたこと。宮城県栗原郡栗駒村農地委員会が昭和二十四年四月二十二日自作農創設特別措置法第六条の二の規定に基き、右農地を昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基き即ち佐藤弥右衛門の所有物として遡及買収計画を樹て、被告が昭和二十五年五月一日右計算に基いて佐藤弥右衛門の三男訴外佐藤光弥に買収令書を交付し、よつて以て本件農地買収処分を完了したことはいずれも当事者間に争がない。

被告は原告にも光弥に対してしたと同様の買収令書を交付したと主張するけれども被告の全立証を以つてしても右事実を認めるに足りない。

そして、凡そ農地買収令書はこれをその交付の時期における農地所有者に交付しなければ買収の効力を生じないことは、自作農創設特別措置法第九条、第十三条の法意に徴し極めて明らかでこの理窟は、同法第六条の二の規定に基くいわゆる遡及買収の場合においても何等異るところがないから叙上のように令書交付の時期における所有者に対して為されず、所有者でない者に対して為された本件令書交付処分は洵に重大且つ明白な誤謬であつて、単に取消の対象となる程度の瑕疵を以て目すべきではなく法律上当然無効だといわなければならない。けだし若し叙上のように甲所有の農地が乙所有の農地として買収手続が進められ乙に買収令書が交付されても、甲がこの交付処分取消の訴提起期間を徒過したときは、もはや全然救済の途がないというようでは、甲が自己の不知の間にその農地所有権を喪失して不測の損害を被り、その危険これより甚しきものがなく、これは国がかの相続農地を死亡した被相続人の所有地として買収手続を進行し、相続人に買収令書を交付した場合と到底同日に談ずべき事柄ではないからである。

被告は本件農地所有権譲渡後、昭和二十四年七月二十六日被告の認可取消により右所有権譲渡は無効に帰し、該所有権は前所有者佐藤弥右衛門の相続人に復帰した旨抗争し、右取消処分があつたことは当事者間に争がないところであるけれども、凡そ叙上のように耕作の目的を以て農地所有権を取得し、その登記及び引渡を完了した場合にあつては、本来右所有権取得につき毫も地方長官の認可を受けるを要しなかつたことは、昭和二十年法律第六十四号第一次改正農地調整法第五条、第六条第三号、昭和二十一年法律第四十二号第四条、同法附則により極めて明白であるから(即ち原告が被告に対し、本件農地売買譲渡の許可を申請した昭和二十年十二月十八日当時はまだ臨時農地等管理令が施行され、同令第七条の二の規定によれば、農地権利の設定移転を目的とする契約をしようとする当事者は地方長官の許可を受けるを要するものとされていたが、その後昭和二十一年二月一日、昭和二十年法律第六十四号第一次改正農地調整法が施行され、同法附則第五条第二項により、臨時農地等管理令第七条の二の規定は右第一次改正農地調整法第五条に引継がれた。そして同令における「地方長官の許可」は同法において「地方長官の認可」と改められ、右認可は農地物権等変動契約の効力要件とされるに至るとともに従前同令において許可を要した叙上契約のうち、耕作の目的に供するため、該契約をするには右認可を要しないものとされるに至つた(同法第六条三号)。その後、昭和二十一年法律第四十二号第二次改正農地調整法の施行(同年十一月二十二日施行)により従前の法律第六条第三号の除外規定は廃止され、同法第四条により、前掲耕作の目的に供するために為される契約についても地方長官の許可を受けるを要し、この許可を欠くときは、契約が無効とされるに至り(同条第三項)、ただ、本件のように改正前の法律第六条第三号の規定により地方長官の認可を受けないでした叙上契約で、権利の設定移転に関する登記又は当該農地の引渡のいずれかが完了しているものについては右許可を要しないものとされるに至つた。)被告は本来かような認可をする権限を全然有せず、原告も亦かような認可を受けなくとも、当然有効に右農地を買い受け、その所有権を取得することができたわけで、かような認可は本来無意義従つて法律上当然無効で、従つて前掲本件認可の取消も亦本来無効行為の取消に過ぎず法律上無意義且つ当然無効であり、かような取消の有無は原告の右所有権取得の効力に毫末も消長を及ぼさないものといわなければならない。

なお仮りに、右認可が前掲契約の効力発生要件だとしても本件取消は認可後三年有三箇月十日という長年月を経過した時為されたものでかような取消はたとい、認可処分に多少の瑕疵がある場合においてもすでに折角確定した法律関係を擾乱し、私法秩序の安定を害すること甚だしく洵に矯角殺牛の譏りを免れないから、他に是非これを取り消さなければならない公益上の必要がある場合は格別、そうでない限り到底許されないものといわざるを得ない。よつて被告の抗弁は採用に値しない。

そして、かように無効な行政処分の存在は原告の権益を侵害し、又は侵害する虞があることは勿論で原告が即時その無効確定を求める法律上の利益を有することはいうまでもない。よつて、原告の本訴請求を理由があると認め、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 中川毅)

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